2007年08月04日

03.雄作、不参加の危機

フジロック’06へ参加出来なかった2006年の夏、実は我々は別の野外イベントに参加していた。
オーサカキングという、フジロックとほとんど同じぐらいの時期に大阪城で開催された、大阪ではそれなりに知名度のあるイベントだった。
そしてそのイベントに、なんと雄作が参加できなかったのだ。
公式には『硬筆検定4級の試験を受けに行くため参加を断念』と公表されていたが、実際は他所で演奏の仕事が入っていたため、参加できなかったのだ。
しかも、我々が出演したのは、オーサカキングのメイン会場とは天地ほども離れた場所にある、天守閣の特設ステージとやらで、急勾配の上り坂を、30分ほど楽器を抱えて歩かねばならないという憂き目にあった。
あれは本当に地獄だった。

さて、フジロックに参加できなかった2006年が過ぎ、2007年になった。
SIBERIAN-NEWSPAPERのメンバーは、東京、横浜、大阪と、メンバーが離れて生活していることや、それぞれが別のバンドや演奏の仕事をすることがあるので、事前にNG日、つまり『この日はSIBERIAN-NEWSPAPERのライヴを入れないでおくれよ』という日を13PROJECT執行部に知らせるというシステムがある。
それを参考に、執行部がライヴのスケジュールを組むわけだ。
そのNG日を見ていたマネージメントのタッキーが、とんでもないことに気付いた。
「雄作くん!!きみ、この7月末のNG日はなんや!?」
「何って、岡山で演奏の仕事があるんですけど」
「これ、思いっきりフジロックにかぶっとるんやけど」
「え、フジロック決まったんですか?」
「決まってないけどもやな、可能性はゼロでないんやから・・・。オーサカキングの二の舞はごめんやで」
「・・・・・・わかりました、なんとかします」
「頼むで!!」
「その代わり、絶対決めてくださいよ」
この時の雄作の目に、殺気というか妖気というか、とにかく異様な光が宿っていたことに、その場にいた全員が気付いていただろう。
特にその眼光をまともに受けていたタッキーは、『蛇に睨まれた蛙』の様相をそのまま具現化したような顔をしていた。

それから数ヵ月後、フジロック’07出演決定後にこのことを思い出した俺は、この岡山での演奏の仕事はどうなったのか雄作に聞いてみた。
「断ってましたよ、随分前に。おかげで年末の仕事も1つ消えましたよ」
「いやぁ〜、じゃあ、決まってよかったね、フジロック」
「当たり前ですよ。決めてもらわないと困ります。もし今年も駄目だったなんていったら執行部の連中を・・・」
ここから先は怖くて書けない。

とにかく、雄作不参加の危機はなんとか免れたのだった。
posted by hilao at 11:21| Comment(0) | 本文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。