2007年12月31日

19.就寝

スズキさんは翌日に仕事を控えており、朝のバスで駅に向かうということだった。
どうやらマークも帰りの電車の切符を予約しているらしく、同じバスで駅に向かうらしい。
時刻は既に3時を回っていた。
朝のバスは混むので、5時ぐらいにバス停に向かうというスズキさんは、体力の続く限り時間を潰すらしい。
寝るにしても、マークと合流する予定なので、車の方で寝るとのこと。
俺はテントで寝たかったので、ここでスズキさんと分かれた。

真夏とはいえ、ここは新潟の山中。
夜になると非常に冷える。
実際の気温が何度だったかは忘れてしまったが、体感温度は大阪の真冬と変わらない程度だった。
とにかく寒い。
既に雨合羽を着てはいたが、それでも寒さを完全に防ぐというわけにはいかず、ブルブル震えながらキャンプサイトに入った。

そして迷った。

なるほど、タラが迷ったのも頷ける。
これだけのテントの中から、自分達のテントを探し出すのは至難の業ではないか。
もしかして、実は誰一人テントに辿り着いていないのではないか、と思いつつ30分ほどキャンプサイトをさまよった結果、無事テントに辿り着いた。

社長の方のテントを見てみると、既に3人が寝ていた。
オールスタンディングで8人収容のテントは、だが、3人で寝るのが精一杯のようだったので、俺は仕方なく中原さんの方の、テントという名の屋根つき蚊帳に入った。
入ったものの、テント内の温度は外気と全く変わらなかった。

さらに、こちらのテントは、地面がむき出しになっていた。
そういえば、ホテルの売店でシートか何かを買わなければならない、とかなんとか言っていたのだが、忘れていた。
社長の荷物にレジャーシートが2枚入っていたのだが、その2枚は先着の2名に占領されていた。

1人はタッキー。
雨合羽をまとい、マヌケ面で眠っていた。
もう1人は・・・誰だ?

タッキーの他にもう1人眠っていたのだが、顔が確認できない。
まっすぐ気をつけの形で眠っているのだが、頭の部分は雨合羽のフードで隠れていた。
これが、仰向けに雨合羽を前後逆に着て顔にフードを被せているのか、うつ伏せで額を地面につけているのかが判別できない。
それ以前に、生死すら定かではない。

とりあえず俺は、真鍋からペラッペラのシートをもらっていたので、それにくるまって寝ることにした。
シートを広げてガサガサしていると、一瞬タッキーが目を覚ましたので、
「タッキー、これ誰?」
と、正体不明表裏不明生死不明の存在を指して訊ねてみると
「ん・・・中原さん」
と一言だけ言って再び眠りに就いた。

表裏と生死についてはともかく、正体は明かされたので、とりあえず一安心して俺は眠りに就いた。
ペラッペラのシートだが、くるまってみると意外と暖かい。
なるほど、NASAがどうのこうので断熱がどうとかこうとかいう表現に、誇張はあれどまったくの虚構ではないのかもしれない。
ただ、その薄さゆえ、体に伝わる土の感触だけはどうにも解消出来ず、快適とは程遠い就寝となった。
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2007年12月30日

18.打ち上げ?

ゴンドラの下に行くと、一行がほぼそろっていた。
いないのは阿守とタラ、中原さんぐらいで、雄作たちも帰ってきていた。
試みにヴィンセント・ギャロの感想を訊いてみると
「無茶苦茶遠かったです」
とステージの遠さを口にするばかりで、ヴィンセント・ギャロについては多くを語ってくれなかった。

タラの不在を指摘すると、
「寝るとか言うてキャンプサイトにいったで」
とタッキーが答えた。
それで初めてタラの不在に気付いた軍司は
「ホンマに!?アイツ・・・寝ささへんぞ」
と軍司はタラの携帯電話を鳴らす。
「おい、お前何しよんぞ?・・・え?迷った?」
どうやらタラは星の数ほどあるテントの中から、自分達のテント見つけられなかったらしく、キャンプサイトをさまよっているようだったので、キャンプサイト入り口で合流することにし、軍司、俺とほか数名がキャンプサイト入り口付近の屋台へ買出しに出た。

キャンプサイト入り口で無事タラと合流したお使い組は、いくつかの飲み物と、食料を買って一行のいるゴンドラ下へ戻った。
「タッキー、豚汁買ってんけどやぁ、来る途中になんか知らんけど中身が減ってしもてん」
と、軍司が手に持った豚汁の容器をタッキーに見せる。
「寒すぎて蒸発したんかなぁ?」
容器の底に、申し訳程度に残っている豚汁を見たタッキーは
「いやいや蒸発も何も、具までなくなっとるやないか。君が食ったんやろ?」
と、軍司の罪をあっさり見抜いてしまった。

一行が座っているところに、銀紙のようなシートが敷かれていた。
ものすごく薄い、銀色のナイロンのようなシートだった。
「なんか、NASAがどうのこうので、断熱がどうとかこうとかいうシートらしいから買ってんけど、広げてみたらびっくりするぐらいペラッペラやったわ」
と、このシートを近所のホームセンターで購入した真鍋がシートについて説明してくれた。

1時間ほどでささやかな酒宴は終わり、一行は寝るために解散。
タッキー、雄作、陳さんはテントで寝るためにキャンプサイトへ。
キャンプサイトはもうこりごりのタラと、初めからテントに見切りをつけていた軍司、山本さん、真鍋、マークは車中泊のために駐車場へ向かった。

俺はというと、スズキさんが
「いまちょうど卓球やってるから、ちょっと見に行ってみようかなと思ってる。レッドマーキュリーやったらここから近いし」
というので、俺も一緒に『石野卓球』を見に行くことにした。

俺は中学時代、『電気グルーヴ』を聴いていた時期があった。
しかし、テクノに興味があったわけではなく、単に歌詞が面白いから、という理由で聴いており、彼らの音楽的な部分には全くの理解がなかった。
その後、音楽を始めて十数年、いまなら少しは石野卓球という人物の音楽を理解できるようになっているかもしれない、と思い、スズキさんについてレッドマーキュリーへ行ってみた。

とにかく凄い人だかりだった。
「とりあえず行けるとこまで行ってみようか」
と、2人で人ごみをかき分け、前へ前へと進む。
時折、周りが「ワー!」と盛り上がるので、我々も合わせて手を挙げ声を上げた。
そして、ステージ近くに辿り着いたのとほぼ同時に、石野卓球のステージが終わったので、2人はそこから離脱した。

「どうやった?」
レッドマーキュリーを離れた後、スズキさんに感想をきかれたものの
「周りが盛り上がってる所で合わせて盛り上がってはみたものの、正直なんで周りがあそこで盛り上がってんのかは全くわかりませんでした」
と、正直にテクノが理解できなかったことを告げると
「実は俺もやねん」
と、スズキさんもテクノを理解できなかったことを白状した。

いくら長いこと音楽に携わっているとはいえ、違う畑のことはあまりよくわからないらしい。
posted by hilao at 09:35| Comment(0) | 本文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月29日

17.極楽

食事を終え、社長と別れた後、自由行動となった。
雄作、陳さん、マークの3人は『ヴィンセント・ギャロ』を見に行くといって一行を離脱。
阿守は何も言わずテントへ消えていった。

残りはホテルへ。
俺は無性に風呂に入りたくなったのでなんとかならないかタッキーに訊いてみると
「苗場温泉があるなぁ」
との答えが返ってくる。
『苗場温泉』といっても、フジロック用に設置された簡易の入浴施設で、あまりゆっくり出来そうには無かった。
シャワーさえ浴びられれば・・・などと謙虚なこと言ってもいいのだが、出来ればゆっくり風呂につかりたい。
その旨を伝えると
「そういえばプリンスホテルに大浴場があったなぁ。うちら一応出演者やし、入れんちゃう?」
一応とはなにか、一応とは。
との文句は胸うちに押さえ、早速大浴場へ向かう。

皆が皆ついて来るものと思っていれば、同行したのは山本さんだけだった。
あとの者は後から入るといって、キャンプサイト入り口付近の屋台をひやかし始めた。

「平尾さんと2人っていうのも珍しいですね」
と山本さんに言われたのだが、実は俺も同じ事を考えていた。

浴場に着くと、ホテルのスタッフが満面の笑顔で
「どうぞごゆっくり〜」
とタオルを貸してくれた。
ありがたい。

そして満を持しての入浴。
湯船につかった瞬間
「ああ、俺はこの快感を得るためにフジロックに出たに違いない」
と、本気でそう思えるほどに幸福だった。
まさに極楽。

「やあ、どうもどうも」
しばらくすると中原さんが浴場に来た。
俺と山本さんはもう充分に入浴を堪能したので、中原さんとはほぼ入れ違いに浴場をあとにした。

着替え終わり、浴場を出ると、そこには入浴待ちの行列が出来ていた。
なるほど、そろそろメインイベントもほぼ終わろうかという時刻だ。
早めに入っておいてよかった。

風呂を出て、ホテルのロビーでゆっくりしていると、山本さんの携帯電話が鳴った。
軍司からだった。

「ゴンドラの下で飲んでるから来い、とのことです」
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2007年12月19日

16.社長離脱

出番を終えた一行は、ジプシー・アヴァロンを出発し、苗場プリンスホテルの駐車場へと向かった。
途中、レッドマーキューリー脇を通った時、ベンジーの歌声が聞こえてきた。
出来れば見たかったが、その気力はなかった。
駐車場に着いた一行は、機材を自分達の車に片付けたあと、苗場食堂に向かった。
そのときもレッドマーキュリー脇を通ったのだが、ベンジーのライヴはすでに終わっていた。

苗場食堂にもステージがあり、そこでももちろんライヴが行われていた。
ステージから少し離れた所にレジャーシートを敷いて一行が陣取ると、何人かは屋台を物色しはじめた。
その何人かの中に軍司が含まれているのは言うまでもないことだが。

苗場食堂は、食堂とはいっても野外にある。
テーブルやイスも用意されていたが、ほとんど埋まっていたので、地べたにレジャーシートを敷いたのだった。
しかし、しばらくすると奇跡的にいくつかのテーブルが空いたので、そのいくつかのテーブルとイスを適当に寄せ集めて陣取った。
そして、折りよく中原さんや社長、軍司やタッキーらが食べ物や飲み物を調達してきてくれた。

まずは乾杯。
そして食事をいただく。
ものによって多少の当たり外れはあったものの、どれもおいしくいただけた。

「ほな、俺そろそろ帰るわ」
と社長が席を立った。
「え、どこに帰んの?」
あまり事情を把握していないメンバーの誰かが社長に訊ねた。
あるいは俺だったかもしれない。
「名古屋」
どうやら翌日に仕事を控えているらしく、社長は今からご自慢のBMWを飛ばして職場である名古屋に帰るらしい。
「ご苦労はんだす!」
一行は社長の労苦を労いつつ見送った。
posted by hilao at 07:24| Comment(0) | 本文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月18日

15.本番

こういうフェスティバルは大抵リハーサルなしで本番に突入する。
そういうわけで、会場に着いた時点で本番まで1時間も無い状況だった。
スタッフの方からステージ近くにある『朝霧食堂』の食券をもらったので、メンバーの何人かは食事をいただく。
ちなみに俺はいただいたし、軍司ももちろんいただいた。

転換を円滑に行うため、舞台裏でセッティングできる部分はやっておく。
そこで司会の方を紹介された。
カウボーイハットのナイスミドルといったところか。

前の出演者が終わり、いよいよ出番となる。
「ジプシー・アヴァロンというステージでの彼らは、見ているこちらが心配してしまうくらい緊張していた」
と後日評価されたように、我々は緊張でガチガチだった。
特にひどかったのは俺だろう。
なんせライヴの始まりを告げるのが俺のドラムロールだったのだから。
最初の音を上手く出せたのかどうか、実はよくわかっていなかったのだが、始まってしまった以上やめるわけにはいかないので、ワケのわからないまま演奏を続けた。

ジプシー・アヴァロンは公称1,000人という収容人数。
1,000人というお客さんを前に演奏なんぞしたことがないので、さぞ圧巻なのだろうと思っていたが、いざ蓋を開けてみれば後ろの方は真っ暗で、数を実感することは出来なかった。
確認できるのは前の方の100〜200人ぐらいで「後ろの方は無人だったんだよ」といわれても納得してしまいそうなほど真っ暗。
とはいえ、ライヴ中に雄作が
「後ろの方まで届いてますかぁ〜!?」
と呼びかけたところ、随分後ろの方からも反応があったので、結構人はいたのだと思う。

随分ぎりぎりまで演奏していたのだろうか。
演奏が終わるや急いで司会の方が入って来て、我々のライヴの終わりを告げた。
ただ、いくら急いでいたからといって
「シベリアン・ハスキーでした〜!!」
はないだろう。
まあ、それもご愛嬌、といったところか。

演奏を終え、機材を片付けた一行は、ジプシー・アヴァロンを発ち、ホワイトステージ裏の駐車場へ向かう。
ジプシー・アヴァロンとホワイトステージの間には、結構急な坂があるのだが、坂というのは上りよりも下りの方が実はキツい。
上りのキツさは筋肉にくるが、下りのキツさは関節くるからタチが悪い。
演奏の疲れの上に、タチの悪い苦痛を受けながらも、なんとか駐車場に辿り着いた一行は、車に乗り込んだ。
機材はというと、スタッフの方がテキパキと積んでくれた。
ありがたや。

しかし、この疲労困憊の状況で、機材を抱えて急勾配の上り下りに蛇行を加えた数十分の道のりを、本来は歩かねばならなかったかと思うとぞっとする。
無茶を通した軍司と、そのせいで怒られた中原さんと、柔軟な対応をしてくれた車両部の皆様に心から感謝したい。
posted by hilao at 09:09| Comment(0) | 本文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月17日

14.軍司の功罪

「軍司君、怒られた」
一行が集まりつつある駐車場に現れたタッキーが、最初に放った一言がそれだった。

駐車場に戻ってきたメンバーは、軍司の功績を褒め称えていた。
それはそうだろう。
あれだけの重い荷物を抱えて、手ぶらで歩いてもうんざりするような距離を歩くというのは、想像するだけで疲れようというものだ。
それを回避できたのだから、その功績はいくら褒めても褒めたりないぐらいだ。
それに褒めるのはタダなのだし。

そこへタッキーが戻ってきた。
「いま、中原さん上層部に呼ばれて説教されてるわ」
場は一気に静まり返った。
曰く、車の手配は綿密な計画のもと行われており、勝手に動かされるとスケジュールが狂ってしまうとのこと。
さらに、ジプシー・アヴァロン出演者は原則として機材車の手配はナシ、という条件を承知の上で出演しているのだから、勝手なことをされては困る、のだそうな。
「仕方がないから行きだけは出すけど、帰りは出せんとのことやわ」

タッキーの説明を聞いて、軍司が一気にヘコむ。
「うわぁ〜・・・。俺もしかしていらんでええことした・・・?」
とはいえ、行きだけでも車を出してもらえるというのは正直ありがたいことだし、それがいい演奏に繋がるのであれば、それはそれでいいのではないか。
「軍司君、そうヘコむなよ。俺らが怒られて君らがいい演奏できるんやったら、問題ないやないか」
と、タッキーが軍司を慰める。


一行は機材を持って車両部へ。
機材だけでも運んでもらえたら恩の字、と思っていたのだが、結局メンバーおよびスタッフを運んでもらえた。
ありがたや。

車はホワイトステージ近くの専用駐車場に停まった。
そこで機材を降ろし、ジプシー・アヴァロンへ向けていざ出発。
と思っていたら、運転手の方に呼び止められる。
「帰りは何時に来ましょうか?」
・・・いや、車を出してもらえるのは行きだけのはずでは?
そう訊ねてみると
「いえ、帰りもきますよ。じゃ、終わってちょっと経ったぐらいに待機しときますんで、またここまできてください」
う〜む、なんとありがたい申し出だろう。
一行はお言葉に甘えることにした。

一行はジプシー・アヴァロンで中原さんと合流した。
「中原さん、すんませんでした」
会うなり軍司が謝ったが
「ラッキーだったね」
と、中原さんは気にしていない様子だった。
posted by hilao at 20:05| Comment(0) | 本文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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